【四字熟語の処世術】良薬苦口(りょうやくくこう)

 Date:2017年07月11日17時50分 
 Category:文学・語学 
 SubCategory:四字熟語の処世術 
 Area:指定なし 
 Writer:遠道重任


 中国史上でも名君と謳われる唐の太宗李世民。太平の世を築いたとされるその統治は「貞観の治」と呼ばれ、配下の名臣らの直言を好んで聞き、自らを律して政を行ったと伝えられる。太宗の政治姿勢をまとめた「貞観政要」は源頼朝や徳川家康なども愛読したと言う。

 皇帝の位にあってなお臣下の諫言に耳を傾けることは、大器にしてこそ出来ることで、常人は少し位が上がっただけで、下を見下してしまいがちだ。まして部下の進言に素直に耳を貸すことはなかなか出来ることではない。

 水は高いところから低いところに流れる。人の声も同じで高きより低きに向かう。故に、末端に居る人々の声を聞きたければ、さらにその下に立って耳を澄ますしか方法はない。上に居座ったままで、下々の声を聞くことなど出来ないのだ。

 都知事選で大敗を喫した自民党は、本当に都民の、いや国民の声が聞こえたのだろうか。今頃になって政権奪還時の初心に返って党勢を立て直したいと謙虚そうな姿勢を見せてはいるが…。首相に配下の諫言、野党の反対意見、国民の声なき声に耳を傾ける器があるのか、次の衆院選までにその真意が問われることになる。

 良薬苦口…「良薬は口に苦し」と訓読すれば誰もが聞いた事があるに違いない。良い薬、良く効く薬ほど口には苦いものという意味だ。孔子様は「良薬は口に苦けれども病に利あり、忠言は耳に逆らえども行いに利あり」と言われた。菜根譚には「耳中、常に耳に逆らうの言を聞く。」とある。

 良薬苦口…我が身を振り返るに、人の意見を真摯に聞き入れる度量がなんと小さきことか…。それが忠言であればなおさらだ。聞いていても「そぶり」でしか無く、心の中は「そう言われても…」「でもね…」という言い訳に充ちている。時には怒りさえ覚えるときもある。どんなに謙虚ぶっても、自分を高い位置に置いたままで、底辺まで降りようとする意思がなければ、忠言は耳に入らない。忠言という刃を己の心に向ける勇気と力が問われる。

 菜根譚には続きがある。「もし耳障りの良い言葉ばかりを聞くようであれば、人生を毒の中に沈めることになる」と。良薬苦口とばかりに政治家に毒づくのもいいが、それ以上に自分自身、苦い薬を口にする自分でなければ、いつか自分が毒まみれになってしまうに違いない。振り返るべきは人ではなく自分自身だ。