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Date:2020年01月08日08時01分
Category:
エッセイ
SubCategory:
街景寸考
Area:
指定なし
Writer:
大昭寺いさじ
元旦は昼から近くの総合運動公園へ行き、ジョギングをしてきた。冷たい風が終日吹いていた大晦日とは打って変わって暖かい陽が差し、風もなかったので心地良かった。
グラウンドに隣接する児童公園は、驚いたことに元旦だというのに十数組の親子連れで賑わっていた。幼い子どもたちが入り混じって遊具で遊び回り、若い母親や父親がその周りで見守っていた。その光景がわたしには、いつになく微笑ましく思えた。同時に、この日の天気に感謝した。
ジョギングをするわたしの目の先には、真っ青な空がどこまでも広がっていた。その青空を見た途端、反射的に映画「男はつらいよ」のワンシーンが頭に浮かんできた。寅さんが例によって失恋をし、夜の団子屋「とらや」を後にした次のシーンである。
青空の中を舞う幾つもの凧、参道に立ち並ぶ賑やかしい露天商、笑顔で行き交う着飾った親子連れやお年寄り、晴れ着姿の若い女性たち等々の風情ある正月風景である。
その風情ある風景の中で、寅さんが「見上げたもんだよ屋根屋のふんどし、・・結構毛だらけ猫灰だらけ、お尻の周りはクソだらけ、・・」と、啖呵売の口上を切っている姿が見えてくる。このラストシーンを観るたびに、スクリーンに映し出された昭和の世界にわたしも溶け込んでみたいと思い続けてきた。
元旦の夜、カミさんが送られてきた年賀状をテーブルに出してきた。わずかしかない枚数を見ながら、あらためて胸をなでおろした。現役時代、70枚ほどの賀状をすべて手書きしていたわたしは、12月に入ると決まって段々気が重くなり、大晦日近くまで憂鬱な気分を引きずっていた。
隠居生活に入ってからは、儀礼的な賀状の関係を整理し、印刷だけで手書きがまったく添えられていない賀状も整理してきた。必然もらう賀状も減ってきた。更に、ここ2、3年前からは、無礼を承知で送られてきた賀状を取捨選択し、正月の二日目か三日目に返事を出すというかたちで対応してきた。今では10枚も買っておけば間に合う身の上になり、憂鬱な気分からすっかり解放されている。
正月三日目は、カミさんたちと近くの神社へ初詣に行ってきた。賽銭箱に5円玉を入れたつもりが、間違って50円玉を投げ入れてしまった。少し悔やんだが、無病息災・家内安全をお願いするのに5円は安すぎるかもしれないと直ぐに思い直した。結婚して子どもたちが生まれてからは、無病息災・家内安全の祈願しか思い浮かべることができなかった。
令和の時代になった。自分が昭和、平成を生き抜いてきた人間であることを思うと、若い頃にイメージしていた「明治生まれのジジイ」のようになったという感覚になる。「ああ、昭和は遠くなりにけり」の心境だ。