【街景寸考】金縛りのこと

 Date:2020年11月25日08時01分 
 Category:エッセイ 
 SubCategory:街景寸考 
 Area:指定なし 
 Writer:大昭寺いさじ
 若い時分は金縛りに遭うことが多かった。半年に1、2度くらいの頻度で襲ってきた。深夜の時間帯が多かったが、早朝に襲ってくることも少なくなかった。金縛りとは、睡眠中に胸や首の辺りが強く締めつけられて息苦しくなる状態のことだ。

 わたしの場合の金縛りは、まずその息苦しさで目が覚める(覚めたつもり)。目が覚めているのに息苦しさが治まらないので、恐怖を覚える。目が覚めたつもりでいるわたしが「どんなに怖い悪夢であっても、目が覚めてしまえばその怖さから解放されるはず」と思いながらもその苦しさから解放されないことへの恐怖である。

 目を覚ましたように錯覚するのは、開いた目に映っている天井や壁の一部が、見慣れた自分の部屋の中に見えるからだ。ところが、その息苦しさは胸から次第に首の辺りまで這い上がり、ついには拷問のような苦しみが襲ってくるようになる。その苦しみの中で、ようやく自分が未だ夢の中であるということをわずかに覚醒している脳の一部で知り、「何としてでも悪夢から目を覚まさなければ」と思いながら必死にもがくのである。

 ところが、いくらもがいても身動き一つできない。手足の指の先まで痺れているようにピクッとも動かない。布団から這い出ようと渾身の力を入れるたびに、身体の内側からえぐられるような何とも言えぬ不快感が「ゾクン、ゾクン」と恐怖を伴って襲ってくる。

 わたしは苦し紛れに悪夢の中で大声を出して喚くが、ほとんど現(うつつ)の世界まで届くことはない。稀に現の世界に届くことがあるらしく、「おとうさん、おとうさん」とわたしの喚き声を心配したカミさんの声で目を覚ましたことが1回か2回あった。

 当時、金縛りになる原因を考えたことがあった。何かの悩みごとや心配ごとによるものだろうと思ったり、何かのストレスが背景にあるのだろうかと思ったりした。しかし心当たりのある原因にまで辿り着いたことはなかった。一時的に何かの霊が取り憑いたのではないかと思ったこともあったが、そこから先をどう考え巡らせばよいのか分からなかった。

 後年、金縛りのことを医学で睡眠麻痺と呼んでいることや、レム睡眠だのノンレム睡眠だのが絡んだ一種の睡眠障害であることを知った。専門的過ぎて理解できなかったが、医学の分野で解明されているということを知っただけで、金縛りへの恐怖心を半減できた。

 金縛りのことを思い出した日の翌早朝、夢を見た。夢は目が覚めると大抵忘れてしまうものだが、このときは珍しくはっきり覚えていた。その夢とは、わたしが「昔、巨人軍の長島選手の給料袋がテーブルの上で立ったのを見て、他の選手たちが驚きの声を上げたそうだ」という話を聞かせ、家族みんなが笑い転げている夢だった。

 わたしはまだ記憶に残っているその夢のシーンを、ベッドに腰かけてしばらく反芻していた。特に笑い転げるようなネタでもなかったのにと思いながら、家族みんなで笑い転げている夢を観たというだけで嬉しい気分になっていた。