不思議でならない。東京五輪のことである。新型コロナ感染状況を見ている限り、開催は無理だと思われるのに菅総理も森会長も強行する気でいるように思える。

　菅総理は「人類が新型コロナに打ち勝った証しとして、世界中に希望と勇気をお届けできる大会を実現するとの決意の下、準備を進める」と施政方針演説で表明し、森会長（五輪パラリンピック組織委員会）は年頭あいさつで「最大の難関を突破するように頑張りましょう」と国民に呼びかけ、「ここでわたしに多少の心の迷いが出てきたりすれば、すべてに影響してくる。淡々と進めていく以外にない」と苦しい胸のうちまで吐露していた。

　メディアの動きもおかしかった。第２波のピークを上回る第３波の感染拡大が続いていたにもかかわらず、各社はまるで申し合わせでもしているかのように五輪開催の問題を扱おうとしてこなかった。誰かに、何かに忖度しているように思えた。ところが年が明けると堰を切ったように各メディアは報じ始めた。国民の最大関心事でもある五輪開催の問題を、時期的に見て見ぬふりをすることができなくなったからだろう。

　こういうメディアのあり方に、わたしは強い違和感を覚え、危うさを感じていた。太平洋戦争時代に大本営（軍の統帥機関）のウソの発表を、無批判に垂れ流していた当時のメディアと重なったからだ。今回の場合はウソを流したわけではないが、報じてしかるべきことを報じてこなかったという不作為に、当時のメディアと同質のものを感じたのである。

　今や８０％以上が「五輪は中止か延期をした方がよい」というのが国民の意見である。（ＮＨＫ世論調査）。これら国民の意見と菅総理や森会長の主張には、あまりにも大きなずれがある。菅総理らはなぜここまで鈍感でいられるのか、それとも鈍感なふりをしているだけなのか。それとも中止や延期を口にできない特別の理由が、何かあるのだろうかと思う。

　五輪の裏事情を知る由もないが、素人目からお７月開催は無理だとしか思えない。今回の緊急事態宣言の期限２月７日までに１日５００人程度（東京）へ減らすことができるとは思えず、それができたとしても５００人程度なら再燃してしまう可能性は十分ある。たとえ国内で収束できても、感染拡大が続く世界各国の状況も考慮しなければならない。

　更に、政府が感染対策の切り札としているワクチンも、五輪開催までに接種が行き届くかどうかの疑問は拭えず、副反応に対する不安も抱えている。現在、首都圏の医療体制は崩壊状態にあり、これで五輪が強行され数万人規模の選手村でクラスターが発生すれば、医療の壊滅だけでなく日本の国益までも大きく影響する可能性も否定できない。

　日本医師会の中川会長は「余程の特効薬など神がかり的な事態が生じない限り、五輪開催は無理である」と断言していた。一方、菅総理は本会議場で「ワクチン接種が始まれば国民の雰囲気が変わる」と述べたが、この国の行く末を「雰囲気」で判断しようとする総理大臣に任せることなどとてもわたしたち国民はできない。

　思うに、国民の命を犠牲にしてまで優先される五輪があってよいわけがない。一部に「無観客で」という声もあるが、平和の祭典としての五輪の意義から大きく逸れるものになる。