【街景寸考】苦手な酒席での術

 Date:2021年12月01日14時42分 
 Category:エッセイ 
 SubCategory:街景寸考 
 Area:指定なし 
 Writer:大昭寺いさじ
 以前も小欄で触れたが、わたしは酒類を人並みほどには飲むことができない。飲むことができる量は、ビールならコップ2杯、日本酒はコップ半杯、焼酎だったらお湯8で割ってコップ1杯といったところだ。定年後は飲む機会も減り、年に5、6回程度である。

 酒席の雰囲気が好きだったので、若い頃は九州男子として恥ずかしくない程度に飲めるよう鍛えたことも一時期あったが、強くなれそうになく直に諦めた。祖父も叔父も大酒飲みだったのだが、その遺伝子はわたしまで伝わってこなかったのだろう。

 酒飲みにならなかったわたしに、母は生前「あんたがいずれ爺ちゃんみたいな大酒飲みになるんじゃないかと、気が気じゃなかったわね」と、事あるごとにそう言って喜んでいた。わたしの人生を本気で心配していたのだろう。因みに、わたしの祖父は若い頃から常習的に酒を飲んで喧嘩をする、荒くれ男だったようだ。

 わたしが酒量を意識的に控えるようになったのは、40歳を過ぎた頃からだった。酒で体を壊したという知り合いが身近にいたことも一因だった。とは言え、仕事上の酒席で上役から酒を注がれれば、どうしても断り切れずに飲み過ぎてしまうことがたびたびあった。そんな日の翌朝は頭の芯が疼いて割れるような痛みが走り、通勤電車の中で重病人のように青い顔をしながら、「もう二度と酒は飲まない」と毎回心に誓っていた。

 上役がいる酒席で特に嫌だったのは、同じ盃で酌み交わさなければならないときだった。すぐ目の前の嫌な上役と酌み交わしていると、盃を介して間接キスを繰り返しているような最悪の気分に陥っていた。

 ある夜の酒席、わたしはこの最悪の事態を避けるために、ある考えが閃いた。自分のコップにお湯だけを入れ、それに輪切りのレモンを浮かべるという作戦だ。これなら傍目からは焼酎を飲んでいるように見えるので、上役が注ぎにきた場合でも「焼酎を飲んでいますので」と言って体よく断ることできるという算段だった。この狙いはほぼ功を奏してきた。

 それでも同席したくない酒席というのがあった。そういうときは、苦し紛れに適当な口実を考えて出席を断っていた。見透かされるような口実では疑われるので、失礼して親戚の誰かを危篤にしたり通夜にしたりしていた。いずれも成功率は100%だった。

 こんな具合に、いつも消極的な気分で酒席に出席していたわたしだったが、面白いことに後悔したことはあまりなかった。むしろ、何らかの益になることの方が多かった。例えば、思いがけず魅力のある人物と相対する幸運に恵まれたり、疎遠だった相手との近しくなることができたり、貴重な情報を得られた機会になったりしていたのである。

 1年ほど前「飲み会が幸運を引き寄せる場でもある」と語っていた(飲み会を断らない女)を自称する元内閣広報官の言葉も、空理空論ではないことを言っておきたい。もっとも、今は収束気味とはいえ、新型コロナ禍であることも申し添えておきたい。