【街景寸考】「愛国心と日の丸」のこと

 Date:2022年03月30日22時21分 
 Category:エッセイ 
 SubCategory:街景寸考 
 Area:指定なし 
 Writer:大昭寺いさじ
「愛国心」

 この言葉に違和感を覚えるようになったのは、高校生の頃からだったと思う。更に、東京で学生時代を過ごすようになってからは、違和感を超え抵抗感さえ覚えるようになった。

 戦時中、軍部が愛国心の名のもとに国民の戦意高揚を図り、正気とは思えない太平洋戦争に突き進み、その結果、悲惨な敗戦に至ったという事実を知るようになったからだ。

 以降、わたしは愛国心と日の丸の旗を観念的に軍国主義と同一視するようになり、オリンピックなどで日の丸が掲揚される光景をじっと見ていられなくなっていた。その感情が多少薄れてきたとは言え、今でもそういう自分がどこかに居座ったままだ。

 昭和30年代までは祝日に国旗を掲揚する家庭が多かったが、昭和40年代半ばになると急速に少なくなり、今ではほとんど目にすることがなくなった。この変化は、愛国心と日の丸を軍国主義と同じ概念で括ってしまう日本人が大半を占めるようになってきたからだと思う。もっとも、最近の若年層がどう考えているのかは分からない。

 現在のわたしは、未だ愛国心や日の丸に抵抗感を覚える自分に納得しているというわけではない。国を愛し、君が代を聞きながら掲揚される日の丸を崇めてみたい気持ちは、わたしの中のどこかにある。その証拠に、外国人が直立不動の姿勢で片手を胸にあて、自国の国歌に耳を傾ける光景を見るたびに、羨ましく思っている自分がいる。

 今般のロシア軍のウクライナ侵攻以降、ウクライナ国内だけでなく世界中でウクライナの国旗がかざされるようになった。この国旗と愛国心のもとにウクライナ国民は、命の危険を顧みずロシア軍に毅然と対峙している。そういう報道を知るたびに後ろめたくなる。

 後ろめたくなるのは、日本がウクライナと同じ状況におかれた場合のわたしを想像したとき、一目散に山奥か離れ小島へと逃げ出す姿しか浮かんでこないからだ。戦後教育を受けてきた世代は、おそらくわたしと似たり寄ったりなのではなかろうか。

 ウクライナ軍の士気の高さは、愛国心に加え、先頭に立ってロシア軍に挑もうとするゼレンスキー大統領の存在も大きく影響しているように思う。日本の総理大臣の場合はどうか。わたしの知る限り、ゼレンスキー大統領のような人物は一人としていない。

 先の大戦で死んで行った特攻隊員の多くが、自分の死を納得させる理由として、天皇陛下のためでも国家や上官のためでもなく、「家族や故郷を守るため」だと語っている。この感情が愛国心と繋がっているのだとするなら、わたしの心のどこかにも愛国心らしき感情が潜んでいると言ってよいのかもしれない。

 徹底抗戦を呼びかけるゼレンスキー大統領の是非が、メディアで論じられていた。戦場で多くの命が奪われることを案じての指摘からだった。日本の有識者らは、「徹底抗戦に同調はできないが、尊重はできる」と語っていた。調子のよい便利な言葉だと思ったが、悔しいかなわたし自身、他に言葉を見つけることはできなかった。