【街景寸考】隣町のパン屋

 Date:2013年08月28日09時30分 
 Category:エッセイ 
 SubCategory:街景寸考 
 Area:指定なし 
 Writer:大昭寺いさじ
 毎週土・日の朝は隣町までパンを買いに行っている。習慣になってしまった。朝7時の開店だが、すでに
10人くらいの客が来ている。いつもそうだ。5分もすると客はその倍以上の数になる。そして入れ替わり立ち替わりの状態が閉店まで続く。土・日だけかと思ったら、平日の客足も大して変わらないと聞いた。客が途切れないので、陳列されたパンはどれも焼きたてで暖かくやわらかい。いつ買いに行ってもできたてだから客は途切れることがない。

 できたてのパンで想い出した。小学校の給食で出されていたコッペパンのことだ。菓子パンと違って、飾り気のない素朴な味と香りが気に入っていた。カレーのときは、パンに挟み込んで食べるのが楽しみだった。ときどき担任が、このコッペパンを欠席した子に届けるためにクラスから希望者を募ることがあった。私はいつも真っ先に手を上げていた。欠席した子の家が、自分の家とは反対の方角でも手を上げていた。

 しかし、私が任されたときは、それらのパンは一度も届けられることはなかった。手を上げたときには本気でパンを届ける気でいるのだが、途中で全部私の口の中に入ってしまうのだ。口に入るまでには定型した行動があった。まず、パンを包んでいる藁半紙からはみ出ているパン屑に目をやる。目に止まるとその誘惑に負けて、たまらずその屑を指先で、否、爪先で摘まんで口に入れてしまう。この行動が実にいけなかった。それまで平穏だった腹の虫が騒ぎ始め、大騒ぎをし始める。

 こうなったら自分の腹だからといって、もう誰も止められない。気が付くと一気に1本食ってしまっているという感じである。確信犯のやりくちだと言われても仕方がない。ただ不思議なのは、こうして他人のパンを何本も食ってきたのに、一度も糾弾されたことがなかった。

 冒頭のパン屋に戻る。感謝祭などがあるときは店の外まで長蛇の列ができる。店舗はさほど広くはないが、坪当たりの売上は九州一だと聞いた。開店当初から隠れファンだった私は、こうも人気店になってしまうと心境は複雑になる。不特定多数の客の一人として扱われることになったことへの焼きもちである。