【街景寸考】ホタルのこと

 Date:2014年09月12日09時51分 
 Category:エッセイ 
 SubCategory:街景寸考 
 Area:指定なし 
 Writer:大昭寺いさじ
 生まれ育った炭鉱町にはホタルの棲む川がなかったので、見たいと思えば隣町の川まで行くしかなかった。その川に一度だけ近所の子どもたちとホタル狩りに行ったことがあった。地元で大川と呼ばれていたその川にホタルは確かにいたが、川原でまばらに光っているだけだったので気が抜けてしまった。暗闇の中で華やかに舞う幻想的な情景を思い描いていたので、そうではなかったことが悲しかった。

 ホタルは意外にも簡単に捕まえることができた。あまり簡単過ぎたこともあり、遠慮して2匹だけ虫かごに入れて持ち帰った。自宅に着くと祖母に蚊帳を吊ってもらい、電気を消してその中に解き放った。蚊帳の中でもホタルは川原にいたときのように、飛んだり留まったり、光ったり消えたりした。2匹のホタルだけだったが、蚊帳との組み合わせが良かったのか、夏の風情を一段と楽しむことができた。

 昨今、ホタルの棲む川が少なくなった。近年のうちにそうなったのではない。昭和30年代後半から一気にそうなった記憶がある。川に流れ込んだ合成洗剤や農業で使用する農薬や化学肥料などが原因だと聞いていた。コンクリートで造られた護岸が増えてきたことも一因である。ホタルが棲むには、きれいな水と水辺には草木や樹木もなければならない。

 幸い自宅からそう遠くないところにホタルが生息する小川がある。まだ子どもたちが小さかったころに連れて行ったことがあった。子どもたちは、暗い川原で点滅しながら舞うホタルを初めて見たので歓声を上げていた。

 先日、久々にホタル観賞を思い立ち、その小川に行ってきた。シンガポールから嫁いできた次男の嫁に見せたかったからだ。暗くなった川縁を進んで行くと、橋がかかっているところでホタルが群がっていた。明らかに以前よりも数が相当増えていた。そう言えば、「ホタル保存会」の方々が生育に努力しているという町広報の記事を思い出した。嫁の表情は暗くて見えなかったが、感激している様子が伝わってきた気がした。そばにいる次男にしきりに話しかけていることからもそれが覗えた。聞き耳を立ててみたが、残念ながら英語だった。

 ホタルが舞うのは毎年5月末から6月初めの10日間くらいだと聞いた。この10日間が成虫になってからの寿命だ。いとおしく、はかない生き物だと思う。