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【街景寸考】読書すること
Date:2014年09月30日09時45分
Category:
エッセイ
SubCategory:
街景寸考
Area:
指定なし
Writer:
大昭寺いさじ
小学校から高校を卒業するまで本は読まなかった。家庭環境のせいもあった。本を読むような者が家にいなかったので、本らしきものは家の中になかった。おまけに勉強が嫌いだったので教科書もろくすっぽ読んでない。そんなふうだったので、読書に関しては徹底して食わず嫌いになった。「本を読め」と勧めてくれる大人が一人でもいれば、違った人生を送っていたかもしれないと何度も思った。
友だちの中にも読書好きはいなかった。放課後も休日も山猿かイノシシのように野山や田畑を駆け回り、腹が減ったら畑のイモやキュウリなどを無断でかぶりついていた連中ばかりだった。当然ながら図書館を利用したこともない。行ったことは1,2度あった。初めて図書館に行ったとき、机の前で食い入るように本を読んでいる子や、嬉しそうな表情で本を借りている子がいるのを見て、不思議に思うだけだった。教科書がそばにあるだけでも気が重くなるというのに、それとは別に分厚そうな本まで読もうとする子どもたちが、違う人間に思えた。
こんな具合だったので、自分の持っている言葉の数が極端に少ないまま高校を卒業していた。大学に入ってからも読書へ関心は向かなかった。ところが、選択していた法律に興味がなくなってきたころ、変化が訪れた。ある日、読んでいた専門書から逃げるように文庫小説を買い、読んでみたのだ。小説を読むのはこのときが初めてだったが、直ぐ病みつきになった。小説を読むようになったら他のジャンルの本にも目を向けるようになった。
人間のことを知るには、小説が一番分かりやすいように思えた。こんなに面白いものがあることをなぜ早く気付かなかったのかと、悔やんだ。もったいない時間を過ごしてきたものだと嘆いた。人の思考能力は、頭の中にどれだけ言葉が詰まっているかで決まるということを、読書を通して理解した。言葉の数を知れば知るほど、精神の容量も大きくなっていくように思えた。
読書が遅すぎたという後悔は、読書を続けているうちに消えていた。「結婚したいときが結婚適齢期」という言葉があるが、読書の適齢期も同じだと思った。