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【街景寸考】「財布は持たない」のこと
Date:2018年10月31日08時01分
Category:
エッセイ
SubCategory:
街景寸考
Area:
指定なし
Writer:
大昭寺いさじ
先日、近くの町に住む三男から、わたしが財布を持ったことのない人間であることを小欄のネタにしてみたらどうかという電話があった。言われて見れば、今どき大人になっても財布を持っていないというのは、確かに珍しい部類の人間なのかもしれない。
わたしの場合、普段の外出のときは1万円もあれば十分足り、買い物をしてお釣りを受け取ったとしても、上着かズボンのポケットに突っ込めば済むことなので、財布は無用の長物だとさえ思っている。
そう言えば、今年の父の日に長男家族から小銭入れをプレゼントしてもらったことを思い出した。おそらく長男家族も、いつもわたしが財布を持っていないことに目を付けてのことだったに違いない。貰った小銭入れは自家用車のポケットに常備し、コンビニなどで買物をするときには重宝している。
財布を持つのは高校生の頃から嫌だった。上着やズボンのポケットに財布を入れたときの体感が落ち着かず、身体になじむ気がしなかった。ポケットにのしかかる重量感も煩わしく思えた。貧乏だった独身時代も、長財布に入れるほどのお札を持ったことがなかったので、財布を持ってみたいとは思ったこともなかった。財布無用の生活が長く続いてきたせいか、ようやく自分の小遣いを持てる暮らしができるようになっても、財布を持つことなくそのまま晩年を迎えている。
財布を持つのが嫌だった理由がまだある。小銭入れは別として、今でも自分が長財布からお金を出している光景を想像しただけで、それは自分ではないような気恥ずかしい気持ちになったりするのである。こうした心理は、根っからの貧乏性からきているように思われる。無理して金持ちに変装しているような気分にもなりそうだ。
若い頃、同じように貧乏だった友人が人並みに財布を持っていた。お金を持ってないはずなのに彼の折り畳んだ長財布は、いつもどら焼きのように大きく膨らんでいた。ところが、一緒に酒を飲んでお金を支払うときに彼の財布の中を覗き込むと、案の定、千円札が数枚くらいしかなく、万札が入っていることはほとんどなかった。折り畳んだときの財布の膨らみは、小銭とたくさんのポイントカードのせいだったのだ。
昨今のカード時代であることを思えば、財布がポイントカードを入れておくための必需品になっていることには納得できる。しかしわたしの場合、ポイントカードはもちろん、「クレジットカードもねぇ、キャッシュカードもねぇ、スマホもねぇ」人間なので、今でも財布は無用の物でしかない。念のために言えば、わたしは現金が嫌いなわけではない。財布が嫌いなだけである。
ネタを提供してくれた三男は、近々財布を買い替えるということだった。「財布にヘビの抜け殻を入れておくと金運が良くなる」という昔からある情報をお返しに提供しておこう。