【街景寸考】3億円強奪事件のこと

 Date:2018年12月26日09時01分 
 Category:エッセイ 
 SubCategory:街景寸考 
 Area:指定なし 
 Writer:大昭寺いさじ
 約50年前の12月10日、東京都府中市の府中刑務所裏の道路で、白バイ隊員に変装した男が偽装した白バイに乗って現金輸送車の前を塞ぎ、3億円を強奪するという事件が起きた。わたしが国分寺市で新聞配達をしながら大学浪人をしている頃のことだ。

 この事件は、日本の犯罪史上最も有名な犯罪の1つに挙げられている。しかも、住んでいたとなりの府中市で起きたということや、強奪された現金輸送車が国分寺市郊外に乗り捨てられていたということだったので、より身近な事件として記憶に残っている。

 翌春、九州に帰省したときのことだ。母は久しぶりに会うわたしに刑事のような目をして、いきなりこう言ったのである。「3億円事件の犯人はあんたやないとね?」と。

 てっきりいつもの冗談だろうと思ったら、「わたしゃ、もしかしたらあんたが犯人じゃないかと思って、夜もおちおち寝られんやったばい」と続けてきた。わたしはわざと大声を出して笑い、この茶番を吹き飛ばそうとしたら、「モンタージュ写真があんたに、よー似ちょったよー」と母は食い下がってきたのである。

 確かに小さい頃のわたしは、クラスの男児とよく喧嘩をしたり、ふざけて授業の邪魔をしたりする悪ガキであり、母から信頼されるような子どもではなかった。しかし、他人様の物に手を出すようなことは一度たりともない。

 モンタージュ写真にしても、わたしとは全く別の顔立ちであるのは一目瞭然であり、何よりもわたしの方がずっと男前(当時)である。母親というのはこういうことまで心配をするものなのかと思いつつ、わたしは作り笑いをしながらその場を凌ぐしかなかった。

 事件から半年ほど経った頃、わたしの住むアパートに2人の刑事が訪ねてきた。ローラー作戦で全世帯を回っているらしかった。刑事を真正面から見るのは初めてだった。2人とも終始仏頂面だった。1人はわたしに2、3の質問をし、もう片方は狭い3畳の部屋を無神経に眺め回していた。ほどなくして、わたしが事件とは無関係なただの貧乏学生だと判断したのか、片方の刑事だけが簡単に礼を言って立ち去って行った。

 当時の3億円は、今の貨幣価値で言えば30億円以上になるというから、あらためて驚く。事件は未解決のまま7年の時効期間を過ぎ、それからも43年が経った。このお金には保険がかけられていたので誰も損はしていないと報じるテレビ番組があったが、とんでもない話である。この事件の捜査活動に国民の税金がどれだけ費やされてきたことか。

 この番組を観た後、「犯人はどんな人生を送ったのだろうか」などと思いを巡らせてみた。