【街景寸考】タメ口と男言葉のこと

 Date:2019年01月16日15時01分 
 Category:エッセイ 
 SubCategory:街景寸考 
 Area:指定なし 
 Writer:大昭寺いさじ
 20代の頃、中学時代と高校時代の同窓会に出席したことがあった。いずれの同窓会も卒業後10年も経っていなかったので級友たちの変わり様は、驚くほどではなかった。それでも面白さはあった。当時の級友たちと一緒に時を超え、数年先までワープしたときのような面白さである。

 もしこれが50年ぶりの同窓会だったとしたら、もっとその面白さを味わえたに違いない。50年も経てば級友たちの印象も変わり、容貌も大きく変化(老化)しているので、その変わり様にお互いが驚き合う面白さである。更に、50年ぶりという再会で覚える戸惑いを跳ね除け、瞬時に「おれ」「おまえ」のタメ口をきき合う場になってしまうという面白さもある。

 タメ口をきくことができるのは、こうした元級友たちだけではない。日頃からつき合いのあるソフトボール仲間や近所のおやじたちとの物言いも、タメ口である。言葉遣いに余計な気を遣わなくて済むのがタメ口だ。特に、タメ口でわざと乱暴な言葉を浴びせ合ったりするときなんかは、心地の良い気分になる。お互いが本当に親しい関係であることを実感するからである。

 思うに、会話には二とおりの役割があるようだ。その一つは、お互いに持つ親しい気持ちを交し合うというものだ。この役割を最も発揮するのがタメ口だ。極端に言えば、その会話に中身がなくても構わない。敬語などの丁寧語での会話は、お互いに肩が凝るだけであり、いつまで経っても心の風通しが良くなることはない。

 会話のもう一つの役割は、何かの用件を伝えるというものだ。最近このことで「なるほど」と思うことがあった。自宅近くの総合グラウンドで女子高校生のソフトボール大会が行われていたときのことだ。少し立ち止まって試合を観ていると、グラウンドから「かませ、かましたれー!」「突っ込め―!」「回れ、回らんば!」「気合いば入れんか!」という叫び声がしきりに耳へ飛び込んできた。

 これらの乱暴な男言葉は、どれも女子選手たちが放ったものである。「なるほど」と思ったのは、このときだった。女性でも必死になって何かを誰かに伝えようとするときは、乱暴な男言葉を遣うのだと。咄嗟に男言葉を発してしまうのだろう。

 そう言えば、敗戦直後、恐怖の中で地獄のような飢えや寒さに苦しみながら、旧満州から幼い3人の子どもを連れて引き揚げてきた藤原ていさんの「流れる星は生きている」という小説がある。その中で、ていさんが子どもたちに向かって「なにをぐずぐずしている」「泣いたら置いて行くぞ」「馬鹿、死んじまえ」等と、鬼の形相で叱咤する下りがあった。

 かつて4人の子育てをしてきたわたしのカミさんも、男言葉で叱っていた時期があった。そして子どもたちが巣立った今、その男言葉を亭主に向かって遣うようになってきた。